わたしの日記!

わたし(友利みほ)のブログです。

小5から今までの記憶

突然思い出して寝られなくなったので、忘れないうちに書いておこうと思います。

小5のときは吹奏楽をやっていた。クラリネットパートリーダーだった。クラブに慣れてとっても楽しかったときに、突然転校することになって、つらかった(が、今となってはどうでもいい)。ずっと一緒だった友人たちと別れて、初めて別れのつらさを知った(でも、今は彼ら彼女らの顔を思い出せない)。

あたらしい学校はとても荒れていた。ひどかった。自分が悪かったかもしれないが、あれはいじめにあっていたんだと思う。でも、もっといじめられていた人がいたから、自分がいじめを受けていることに誰も気づかなかった。つらかった。どうでもいい理由で私を引っ越し・転校させた親を恨んだ。

あまりにも荒れていたクラスだったんで、小6の後期になって担任が変わった。初恋というとちょっと違うかもだけど、新しい担任の先生(おっさんだったけど)が好きだった。異性に好かれたいと思ったのはこれが最初である。学校に行きたくないと本気で思っていたが、なんとか小学校を卒業した。受験するつもりだったが、疲れ切っていたので、ふつうの公立中学校へ進学。

中学校に入ったばかりの頃はとても楽しかったんだけど、入りたい部活がなくて、帰宅部となった。1年の夏休みのあとだろうか。急に嫌がらせを受けるようになった。なぜ私だったのかは未だにわからない。カウンセリングに行けと言われ、カウンセラーといろいろ話した。あと、選管をやった。立候補者に必要なものを渡すのがギリギリになってしまい、すごく怒られるかと思ったけど、怒られなかった。ほっとした。そういえば、9月ごろに某ソフトのイベントに参加し、LT?をやった。

中2のときは、はっきり言って、酷かった。別に、厨二病ではない。原因を作ったのは私自身だったが、とても苦しかった。合唱コンのピアノの伴奏をやることになったのだが、なかなか弾けるようにならなくて、まじで死ぬかと思った。音楽の先生にかるく脅されていたし。合唱の練習が本格的に始まるとき、私は風邪を引いた。殺されるかと思った。まだ風邪が治っていなかったけど、こわかったから、2日か3日だけ休んで、すぐに学校に行った。思いのほかみんな優しかった。先生も無理しないでいいよと言っていた。夏休み前のあの言葉は何だったのか…。ある日、屋上に立って下を見下ろしてみた。想像以上に高くて、落ちたら痛そうだと思ったから、なんとか生き延びることができた(もしかしたら、苦しんでる自分が好きだっただけかもしれないが)。とにかく文句を聞いてくれる人がいてほしかった。夏休みの最後の日には、宿題も終わってなかったのに構ってほしくて、上野公園の不忍池でスワンボートや夕日を眺めていた。当たり前だけど誰も声をかけてくれなかったから、泣きながら帰った。当然、親には叱られた。ちょうど苦しんでいるときに電車で痴漢にあい、さらに苦しめられた。電車に乗るたびに苦しくなり、もっと学校に行くのが嫌になり、たくさん遅刻をした。カウンセリングに行けと言われていったけど、なんな、余計苦しめられた。学校に行かずに住む方法を本気で考えたりしたけど無理だった。教室に入ると同時に泣き出すことがよくあった。たぶん、心配してもらいたいだけだった。

私が悩んでいたときに声をかけてくれたやつがいた。ちょっと好きになったけど、彼は年上好きらしいので、諦めた。同時進行で好きだった人がもう一人いた。彼については後で書きます。

(これはあとになって知ったことだけど、実はいろんな人が私の精神状態が悪かったことを知っていたらしい…。心配かけてごめんなさい。)

中3になってからは落ち着いた。だめな受験生であった。模試の帰りに秋葉原や池袋をうろうろしていた。ほんとにだめなやつだった。だから、当然第一志望はだめだった。親に文句を言われるのが何よりもつらかった。他のことはそんなにつらくはなかった。

中学の卒業式の日、好きだったもう一人の男に手紙を書いた。別に告白ではなく、「また今度会いましょう」という内容であった。でも、返事は来ていない……。彼は今何をしているのだろうか。実は、昨日私の夢に出てきました……。

一応書いておきますが、今の私はまあまあ元気です。

そういえば、他の人は中学生の頃にひどく苦しんだことがあるのでしょうか。あるとしたら、どんなことだったんだろう、と気になっています。